邦字紙から考える中国の格差問題
考えれば、日本の選挙もいろいろぼろが出て、無様なことも大ありだったが、戦前から戦後と改良を重ねた長い伝統がある。投票の厳粛さ、重要さを皆、大人ならば知っているのだ。こうした土壌のないところに、無知な米国人(これは、ある西欧の人間の言葉だが)が、戦後日本の民主主義を育てたように、アフガニスタン、イラクにも育てるなどの妄言を吐く西側の人間もいるのだ。
日本の衆議院選挙の始まった20日の邦字紙の紙面で述べると、朝日新聞夕刊の国際政治学者の藤原帰一氏の論述に興味をひかれた。「所得分配にかじを切った日米中」「大きな政府できるか」として、分配が政策目標となる背景は格差の拡大だ。(その実現には)中国と日米両国の分かれ目がある。 所得の格差は強権的に抑え込めるかもしれないが、中国共産党が権力を保持する限り、国家と市民との間に開いた政治権力の格差は開いたままだろう。逆にアメリカでは、巨額の財政支出を行ったところで貧富の差を埋め、中産階級が再生する見込みは小さい。所得の不平等が民主主義と併存する政治を変えることは難しい。として、両超大国の今後に楽観的ではない。日本については、新しい資本主義の実現を試みたとしても、財政赤字の拡大を覚悟しながら社会保障と税制によって所得再分配を進める方針が示されたわけではない。財政再建と成長戦略を求める圧力のために構想が挫折に終わる危険は大きい。と述べ、結論として「所得再分配を目指す政策の内実を与野党が競ういあうことができれば、選挙は政策選択の場になる。これこそが、強権支配と民主主義のちがいにほかならない。
中国における弱者のみじめな姿を肌身に知るだけに、日本が見本となり、社会における弱者の少しでも引き上げに成功することを祈るばかりだ。


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