
パキスタンの「原爆の父」、カーン博士が死去 北朝鮮やイランに核技術提供
パキスタンの「原爆の父」と呼ばれたアブドル・カディル・カーン博士が10日、首都イスラマバードの病院で死去した。85歳だった。カーン博士は新型コロナウイルスに感染し、入院していた。
カーン博士はパキスタンをイスラム諸国初の核保有国に導き、国民的英雄として称賛された。
一方で、北朝鮮やイランなどに核開発の機密を提供したことでも知られる。
パキスタンのイムラン・カーン首相は、「国家の象徴」を失ったと述べた。
「(カーン博士は)我々を核保有国にする上で重要な貢献をし、国民から愛された」と、カーン首相はツイートした。
科学者のカーン博士は、名前の頭文字をとった「A.Q.カーン」の名で知られる。イスラマバード近郊カフタでのパキスタン初の核濃縮工場の設置に尽力し、1998年には同国初の核実験を行った。
直前にインドが同様の実験を行ったため、パキスタンは世界で7番目の核保有国としての地位を確立。国中が大喜びした。
しかし2004年、カーン博士はイランやリビア、北朝鮮に核技術を不正に共有したとして逮捕された。博士が核開発の機密を他国へ提供したことが明らかになり、パキスタン国内に衝撃が走った。
カーン博士は当時、「この上ない後悔と全面的な謝罪」をテレビ演説で語った。当時のパルヴェーズ・ムシャラフ大統領から恩赦が与えられたが、2009年まで自宅に軟禁された。
カーン博士への寛大な処遇は、同氏を「史上最大の核拡散者」と呼ぶ西側諸国で大勢の怒りを買った。
それでもパキスタンでは、カーン博士は引き続き、自分たちの安全保障に貢献した誇りの象徴であり続けた。
パキスタンのアリフ・アルヴィ大統領は、「博士は国家を守る核抑止の開発に貢献してくれた。国民は彼に感謝しており、彼の奉仕を決して忘れないだろう」と述べた。
A.Q.カーン博士は、西側各国のスパイから世界で最も危険な人物の1人と呼ばれた。同時に、母国では英雄として称賛された。本人がいかに複雑な人物だったか、そして核兵器というものを世界がどう見ているか、この両面性が物語っている。
博士はおそらく、他の誰よりも核兵器技術の拡散を助長した。自国の核開発を支援しただけでなく、その知識をイランや北朝鮮、リビアなどに広めた。彼がなぜそうしたのか。動機が金銭やイデオロギーだったのか、あるいはパキスタン政府に命令されてそうしたのか、いまだにはっきりしない。
核兵器の拡散抑止は、西側諸国にとって最優先事項だ。カーン博士のネットワーク解体には、米中央情報局(CIA)や英情報部(MI6)も関わった。
しかしパキスタン国内では、隣国インドに対する防衛力の構築に貢献したとして、博士は尊敬される存在だった。
さらに広く言えば、なぜ西側諸国には自国の安全保障のため核兵器の所持が許されるのに、他国が同じ能力を持つことを認めないのかと、問いかける人は博士のほかにも大勢いる。


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