(連載1)岐路に立つ大学経営
このところ私は大学の先生方との打ち合わせや懇談が多く、「お前は一体何をしているのか」とご指摘を受けそうですが、この教育の世界が未だに自分で消化も理解もできず、ビジネス的感覚の尺度では何とも理解しがたい研究者同士の独特のバトルにある意味、「こりゃ手に負えん」と思わず降参したくなるのです。ビジネス経営者はシンプルなのです。それは数字がモノを言うからです。売り上げ、利益、その過程を示す様々な推移とその変化率といった具合で多くが数値化され、それが経営者の成績表となり、外部からの評価を含め、わかりやすい判断材料となります。
一方、研究者というのは研究テーマを論理的に追及することにあり、それはある意味、世の中の行方がどうであれ、自分の信念ともいえ、方向転換しにくい堅物を作り上げやすいとも言えます。わかりやすい例で言うと「円安と円高、どちらが良いのか?」という議論を対局にいる学者同士に論争させればそれぞれがエビデンスを示すので一般人からすれば「どっちが正しいねん?」となります。ここで大事なのは論破した方が学術的に正しかったかどうかは全く別問題という点です。結局、アカデミアの世界も派閥に近い発想があり、いかに対峙するグループを引きずりおろすかを考えています。そこは必ずしも学術論争という正攻法だけではなく、裏の世界で「マジでそんなことをするのか?」という嫌がらせをする一方、自分のボスには付け届け、すり寄り、揉み手を伴うこともあります。
なぜそうなるのか、それはひとえに大学教員の身分の不安定感と給与が安いからでしょう。ポストを得るには力のある先輩教授を拝み倒してでも「今後もよろしく」としない限り「〇〇先生、申し訳ないが、来期は予算がないので本学では難しい。ただ、系列の△△大学が☓☓県にあるからそこでどうだろうか?」となるのです。決してドラマの話ではなく、実話であります。私が教育や学校経営に関心を持ってたぶん5年ぐらいになると思います。書籍による知識よりもむしろ様々な先生方との交流を通じてこの世界との接点を持ち続けました。そして私の母校の校友会などの活動を通じて大学経営の「定点観測」ができることも実態面での理解につながっています。日本に大学は800ほどありますが、ざっくり2割は経営危機とされます。私の中では国公私立上位50大学は大学のネームバリューがあるが、それ以外は大学名については何処でも同じだと考えています。よっていかに大学がユニークな教育方針を持ち、学生の個性を引き出せるかがポイントになります。(つづく)


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